「過疎発祥の地」島根県益田市の社会教育課長が仕掛ける「選ばれる」まちづくり 【移住支援×社会教育士】 後編
[島根県]
益田市教育委員会ひとづくり推進監(併)社会教育課長
大畑 伸幸さん
1962年島根県益田市生まれ。小学校8年、中学校10年、社会教育行政19年と様々な教育現場を経験。
平成26年度より2度目の益田市教育委員会勤務で、29年度より現職。「持続可能な地域づくりのために持続可能なひとづくり」を推進するため、社会教育を市の施策の中核に置くことで行政の部署間の横ぐしを刺し、各種施策を展開中。
※活動事例は、社会教育主事有資格者の事例です。
前編で出た話題は…
■持続可能な地域づくりは、「ひとづくり」から
■仕事のマッチングではなく、生き方のマッチングによるUターン・Iターンの推進
■人の幸福度はより良い人間関係によって高まる
■益田を全国の若者のチャレンジの場に
地方都市の高校生にとって一番大きな格差は「可能性の格差」
——Uターン・Iターン推進にとっての社会教育の観点が加わるメリットについて、これまでお話しいただきましたが、逆に社会教育にとって、Uターン・Iターンの方が増えることはどのようなメリットがあるのでしょうか?
まず1番は田舎の地方都市の高校生にとって、1番大きな格差は何かというと、可能性の格差だと思っています。すなわち、「こんな生き方があるんだ」とか、「益田でもこんなことできるんだ」とか、「こういう仕事の選択肢があるんだ」とかいったことを、もっと子供たちに多様に見せるために益田に来ているIターンの若者たちの姿というのはとっても大きな学びのロールモデルになっているんだろうと実感していますね。
Uターン・Iターンの生き生きしている大人たちを益田の子供たちに出会わせることができるというのは、益田にとってはとっても大きいことです。そのことが、教育部局である私たちにとっての、Uターン・Iターン推進にコミットする意義だと考えています。
益田を離れた子供たちが帰ってくるようになった
——Uターン・Iターンの方たちを迎える中で、子供たちにはどのような変化が起きていますか?
例えば先日、地域の中学生から「学校と違って地域はスペシャリストがたくさんいる。そして、学校と違って何度でも失敗できるんだ。」と言われました。地域の中で挑戦する若者たちの姿を見て、子供たちにとっても益田はチャレンジできる街に変わってきたんです。東京のように便利で何でもお金で買えるような場所と比べたら、益田は何もない街です。しかし、子供のころから何度だって失敗を許される環境でチャレンジしながら学んできた子供たちにとっては「何もない街」ではなく「何でも作れる街」になるんです。
進学や就職で益田から一度離れても、益田で活躍する大人たちの姿を見てきた子供たちは、将来、何かやろうと思ったときには、間違いなく益田が選択肢に入ると思います。今度の7月もですね、アメリカの大学に進学した子が「地域に貢献したい」といって益田に帰ってきます。そのように、益田で学んだ子が帰ってくるようになりましたね。これが社会教育の力だと思っています。Uターン率の大幅アップを狙うには、子供たちに将来帰ってきてもらえるような子供のころからの種まきが大切なんです。
Uターン率大幅アップ戦略
——Uターン率の大幅アップに向けた戦略は子供のころから始まっているのですね。
子供のころからの種まきといっても、学校だけでやっていてはダメです。私はもともと小学校、中学校の教員をやっていたので痛感しているのですが、学校だけでは人は育ちません。
これは、私の教員としての反省なのですが、従来のキャリア教育は、「ワークキャリア教育(仕事探し)」に偏り、益田で生きること、いかにいきいきと生きるのかという「ライフキャリア教育」の視点が足りませんでした。小学校でも中学校でも、キャリア教育の一環で子供たちはいろんな職業を、本やインターネットで調べるのですが、そうすると、子供たちは気付くんです。「このかっこいい仕事、益田にない。」と。もしかすると、仕事探しに終止するキャリア教育の偏重により、田舎の子供たちにとって、田舎に仕事がないという認識が学校でより強化されてしまったのかもしれません。
また、ふるさと教育も長い間やってきましたが、いざ子供たちにアンケート調査をしてみると、51%の子供が「益田には何もない」と回答したことがあったんです。いやいや、ふるさとのことを学んだじゃない。小学校のときに地域の方と一緒に農業体験したじゃない。石見神楽も一緒に踊ったじゃない。だけど、何もないと子供たちが答えている。ふるさとを知ることのみで、ふるさとでいかに生きるのかという視点が欠けていたことに気づかされました。
そこで、益田市の移住支援だけではなく、教育においても、「ライフキャリア」の観点からの見直しを行いました。そして、「ワークキャリア教育からライフキャリア教育へ」とテーマを掲げ、「大きく変化する世の中に臆することなく自分の人生を能動的に生きることができる力を子どもたちに培う」ことを目指したのです。
——具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?
「ライフキャリア教育」を進める上で、大切にしていることは、「今、益田でいきいきと生きているロールモデル(益田のひと)との対話を通して、その人の『想い』にふれ、益田のひとと様々な地域活動をする」ことです。中心となるプログラムは、益田でいきいきと生きる魅力的な大人との出会いの場づくりです。
そのプログラムの1つが、「カタリ場」です。益田版カタリ場は、地域の大人と子どもが1対1で対等に語り合い、これから「どんな大人になりたいか」生き方を考える授業です。地域の大人を公民館の人材ネットワークから掘り起こし、研修を積み、子どもたちとの対話に臨んでもらいます。
ほかにも、従来の中学生の職業体験を単なる仕事の紹介ではなく、事業所の想いや誇り、そこで働く方の想いや夢を対話を通してしっかりと中学生に伝える「新・職場体験」へと変革させています。
2040年には人口減少、とりわけ若者の減少が顕著になるといわれています。そのためにも、地方都市は今のUターン率を上げ続ける取組を継続していく必要があります。
Uターン率アップのためにも、また、将来の地域づくりの担い手育成のためにも、子供たちをしっかりと地域の大人と出逢わせ、大人との出会いと対話にこだわり、地域の大人の「想い」を伝えていく営みになるよう、社会教育課、公民館、学校、企業が共同でプログラム作りを進めています。
ひとづくりの拠点となる公民館
これを継続的に、意図的に行うためには、学校教育と社会教育がしっかりと連携し、子供たちと大人をつなげていく必要があります。また、持続可能な地域となるためには、日常の地域での活動の主体者づくりが必要であり、その掘り起こしを公民館が担っています。移住支援においても、Uターン率アップに向けた子供たちの教育においても、拠点となるのは公民館なんです。
小学校と公民館が一体となり、日常的に地域の大人が「学校」で学習したり、活動したり、その姿を子どもたちが見る。そして、休日や長期休業中の子供たちの活動を地域の大人がつくる。中高生は、放課後、「学校」に集まり、地域活動をつくる。地域自治組織には、中高生が参画し、地域の課題を共有し、一緒に活動をつくる。そのつなぎ役を公民館が担い続ける。公民館は、子供たちと地域の大人を効果的につなげるために、社会に開かれた教育課程を教員とともにつくる。さらに、公民館は移住者や地域住民の「やりたいこと」を実現する場にもなり、チャレンジする大人を見て子供たちも地域をチャレンジの場にする。そんな姿が今、益田では見られます。
——Uターン率の大幅アップに向けた戦略の肝も、人と人をつなぐことにあるのですね。
そのとおりです。だから私は、学校の外の社会教育が豊かになればなるほど人は育つし、その結果、その街の可能性を信じられる人が増えてくるし、最終的にいうと、つながることをとおして幸せな地域づくりができる主体者が多い街になり、ソーシャルキャピタルが豊かな幸福度が高い街になるんだと思っています。
人とつながって一緒になってやってよかったという経験を小さいころから丁寧に丁寧にやらせ続けていくと、大人になっても自ら周りとつながっていこうとする主体者をつくることができる。これが社会教育の目指すところだと思っています。「丁寧につなぐ」ということをキーワードにやっていくことが移住定住者に対しても、子供たちに対してもとても大事な視点だと思っていますね。
また、子供を中心に据えた活動は、移住者や地域住民といった垣根を超えて大人が集まりやすいんですよ。なので、子供の学びのためといっても、子供たちのためだけにやるのではなく、結果的に言うと、元気がなくなったり、つながりをなくしてしまった大人たちが、子供を真ん中にするとやる気を出して動き始め、もう1回、地縁の再構築をすることにつながるんです。
益田は「協働が学べるまち」
——本日は、【移住支援×社会教育士】という観点で、益田市の取組についてお話しいただきました。最後に、移住支援に取り組む全国の自治体の担当者に向けて一言お願いします!
社会教育の「丁寧に人と人をつなぐ」ことを通して、益田では子供とともに大人も活動的になってきました。さらに、そのように多世代が地域で活発に活動していることを魅力に感じる若者たちが、都会からどんどん入ってきて、「ひとづくりや地域づくりをやってみたい!」「こんなふうにいろんな世代が一緒になってやっている地域はないですから」と言ってくれるようになりました。
そうすると、「人がつながっていろんな活動がどんどん生まれている」こと自体が、益田の魅力になる。特に、多世代がつながっていることについては、多くの人が「こんな事なかなか無いです」といいます。益田以外の多くの地域では、地域活動に参加する人ってほとんど同質なんですよ。益田は公民館が活動の拠点となり、異世代を結ぶから、活動は必ず異質です。異世代・異質が一緒になっている活動を公民館が作っているというのが、1つの価値として生まれたなと実感しています。
——移住支援が、益田の子供たちの学びにつながり、益田の子供たちの学びが地域をつなぐ力となり、地域をつなぐ力が移住者を呼び込む。社会教育の観点からの移住支援が素晴らしい循環になっていますね。
益田は「協働が学べるまち」です。益田に来れば、協働の意味が分かり、協働する力を育てることができます。
少ない人口の社会の中で、しかも多様化する社会の中で、人と人を丁寧につなぐ力さえあれば、どんな所に行ってもどんなことでもできるというのを分かっている若者が今の益田には集まってきているんだと思います。
人と人をつなぐ力、「協働」する力を学びたい人は、益田に来ませんか?
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